さつがい。


生後○歳の乳児を殺害。
幼児虐待で骨を折る。
子供に熱湯、痣、監禁、衰弱死。



ニュースは止まずに
毎日毎日更新される。




ネタを拾うのを待っている。



それに比例して
反発の声もあがる。
あがりにあがって
悪いものとよきものにわかれてく。





わたしはどっちだろうか。





「可能性」
はだれしもが秘めている。




方法は知っている。
でもしないか、するかは、判断できる。


からしない。それだけ。





想像力のあるひとは
犯罪をおかさない、という。




けれども 想像力のあるひとが
それをも超えてはんざいを犯すのなら
止めようがないのではないか。





はんぱつすることは
いくらだってできる。



そうすることで
わたしは違うとかくしんもできる。




でも


おもう





わたしは「可能性」を秘めている。



いつ どう するかは



わたし自身にもわからないのだ。







だから悪いものにまっこうから挑めない。



あなたの 立場や状況を わたしは知らない。














姉の子供が人見知りをした。
2週間前に会ったのに
もうわたしのことを忘れてしまった
そしてわたしとマサさんしかいない状況でおお泣きした。




それはもうおお泣きのおお泣きで
こんなに泣いて破裂しないだろうか
こんなにまっかになってひきつけとかおこさないだろうか





そうおもいながら抱き上げて愛情をこめて抱いた。



かわいそうだなぁ
味方か敵かを判断できないのだ。
絶対的な味方(ママ)が居ないとだめなのだ。





生き物を育てるのは大変だ。



思い通りにはいかないし、
わたしが参っていたら
こどもも同じように参ってしまう。



15分の格闘だったけれど
泣きそうになったり愛おしくなったりした





そうして一夜明けて でんしゃのなかでわたしは思う。



ああして泣いている ちいさなちいさな生き物に
手をあげる人間がいるのか。
一人ではなにもできないちいさな子を
傷つけたり 殺したり するのか。
あんなに泣いているのに。
もっと泣くようなことを。
またはもう泣かなくていいようにと。




自分も乳児だったことがあることを
瞬間わすれてしまうのだろうか。





わたしは「可能性」をもっているから
こわくて 子供は産めない。


産めるかも 授かれるかもわからないけれど
こわくて 産めない。


そして「可能性」をもっているから
世界中のあらゆるママたちを責めたりできない。










それでも



愛しいくうきが 時間が
たしかにそこにあることを
わたしは知っている。