しゃしんについて


にちようびに久しぶりに
室内でシャッターをきる。

だんだん視力がわるくなってて
さいきんはAFにたより気味。

むかしのわたしじゃぁ考えられなかった。


しゃしんは、フィルムでとって
マニュアルで撮って
現像された色がすべてで、
できあがったしゃしんが自分の腕で。


デジタルなんてとんでもなくて
加工なんてとんでもなくて。


でもそういうことじゃないって、思う。


写り込んだものが、
自分がシャッターを切ったものが
そこに残った思いと時間と絵が、
大事なんだ。


あんまりかっこうの良いことは言えないし
伴った腕もないけど、

そのしゅんかんに、
自分がシャッターを押したことに
絶対的な意味があって、


それが誰にでも撮れるしゃしんだとしても
そのしゃしんは自分が撮ったしゃしんだ。


えいえんに誰にも撮ることのできない、
自分のきろく。


だから耳をすませて、
シャッターの音をかみしめる。

押した、指。
一瞬暗くなるファインダー。
閉じ込めた、世界。


だからやめられない。
愛しくてたまらない。



photo:canon EOS kiss5
ちょっと前の、にちようび
わたしのお家は光がよくはいる。